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地震

この地球上に住む生物すべてに災いをなして来た災厄!人類の有史以来記録にあるだけでも数十億人以上の犠牲を払いそしてこの21世紀の今尚その恐怖と力の前に人類は成すすべ無くそれに遭遇した者は翻弄され場合によって命までも奪われる恐ろしい出来事。人類は地震の前になんら打つ手がなく、まるで死刑執行のようにその日その瞬間を待ち続けるしかないのか?そしていつやってくるかもしれないこの災厄に日々恐怖しながら生き続けるしかないのだろうか?
何故これほど地震は恐ろしいのか?地震が起きて24時間以内に亡くなる

急性死亡者数

というのをご存知だろうか?この方たちは今の
地震対策や地震に備えた準備
というものはまったく役に立たない。例えば2日分の水と食料を用意すれば大丈夫とかラジオと懐中電灯も用意しましょうとか耐震住宅にリフォームしようとか家具が倒れないように突っ張り棒を付けようとか
それらのすべてが役に立たない
のだ。私たちは本当の地震対策とは地震予知こそ一番重要と思うべきなのだ。
地震後生き残った人の苦労も大変だろう大事な人との永遠の別れやその後の生活や神経障害など病気に至らなくても不安は募る。確かに生き残った人の苦労は解る。私たちが地震予知についてネット上等で話していると時々私たちに
「あなた方は地震で家族を失ったものの
気持ちがわからない」

と予知を研究する研究者をふざけているように捕らえる人がいる。確かに生き残った人の気持ちを想像する事は難しくない。地震を予知し何時頃何処でどれくらいの地震が起きるかを話し、それが当ったか当らなかったとただ騒いでいる姿は犠牲者の立場から見て好ましくは無い。こういった人の生き死ににかかわるような事柄は確かに取り組む姿勢を間違えるととんでもない誤解が生じる。ネット上では確かにそのように思える地震予知サイトもある。またもっと酷い毎日非常事態宣言で今来る今日来る明日来ると民衆を脅しているサイトもありそれらを見てれば私とて耐え切れない。何故なら私の家系も関東大震災14万犠牲者の中にいたわけで。彼らのように人の生き死にを楽しんでる姿は許せない。
そういった中で私は

生き残った人の気持ちより死んだ人の気持ち
を考えたい。生き残った人は文句も言えるだろう不平不満も言えるだろう。しかしこの地震直後に亡くなった方の
生きたい!
と思う気持ちはどうやったら生かすことが出来るのだろう?
もし地震が
予知できれば・・。

 そんな中、この災厄を事前に

予知し生延びた逞しい人々や動物
がいる事を知った。また隣国の中国では国家ぐるみで1500年前から宏観現象の異常測定から予知研究を進め実際に1975年に巨大地震の数日前に数万人を非難させ犠牲者ほぼ無しという完全に地震予知に成功した例もある。では、地震大国日本の予知研究はどうなっているのだろうか?まさに世界最高の地震観測網をもち巨額の資金投入を誇るわが国だがこの最新の地震観測システムをもってしても予知は出来そうにない。東大地震研を中心とする
地震予知連が発足して30年以上
になりその間人災を伴なう巨大地震は考えただけでも多数発生している。たが残念ながら彼らからは只の

一度さえ予知されたことはない。
研究者たちは東海地震だけは予知しようと躍起になっているが彼らの最後の砦であるプレスリップを感知して予知できるという理論は、来るべき東海地震と同型のプレート境界で起きた2003年の北海道を襲った
プレート境界型地震

によって完全に暗礁に乗り上げてしまった。この時起こるはずの

プレスリップが感知されなかった

のだ。では、日本では予知できないのか?私の私見だが30年以上も予知を出さなかったのは予知がまったく出来なかったのではなくもし予知できたとしても発表できないのではなかろうか?当らなかった場合のあまりに大きな経済損失や自分の立場を考えると黙っていた方が学者として賢いと答えが出る、考えると誰も発表できない状況に成っているのでは。ここまで一度も警報も予報や可能性についても出ない背景にはそういう事が有るのではないかとさえ思えてくる。まあ予知出来ないにしろ発表できないにしろ地震で犠牲になるのは我々一般人だということだ。ならば

民間の私たちで地震予知
することは出来ないだろうか?
せめてその研究や可能性
を模索することは出来ないだろうか?すでに今現在インターネットの中に沢山の地震予知研究者たちが居るそれぞれに独自性があり予知に対してのアプローチや考え方も千差万別。
その中で私たちのこのサイトは地震雲と予感、予知夢を中心に広く宏感現象の異常観測について研究しいつしか事前現象を捕らえられる努力をしたいと考えている。

サイト主謀者


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